「かたつむり注意報」(恩田陸)

虚構の現実化が巧妙な語りによってなされていく

「かたつむり注意報」(恩田陸)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

「かたつむり注意報」(恩田陸)
(「いのちのパレード」)
 実業之日本社文庫

旅人の「私」は
心酔する作家シン・レイの
伝記を書くため、
その臨終の地である町を
訪れている。
夜、ホテルで
ワインを飲んでいると、主人が
「かたつむり注意報が出た」と言う。
彼らは巨大な体を持ち、
大挙してやってくるらしい…。

ここに描かれているのは、
全くの虚構の世界です。
一つは放浪の作家・シン・レイ。
おそらく実在しないのでしょう。
もう一つは巨大かたつむり。
実体があるのかないのか
わかりませんが、
妖精のような印象を受けます。

そもそも「かたつむり注意報」とは何か?
もしかしてふざけている?
読み手も主人公「私」も、
そう思いながら
物語の流れに身を任せていると、
やがて恐怖とも驚異とも
言いようのない感覚に
包まれていくのです。
「みんなが感じるのは気配だけ。
 でも、不思議なんです。
 彼らがやってくると、
 必ず分かります。
 あの濃密な気配、
 夜をぎゅっと圧縮して、
 全く異質のものに変えてしまう
 あの気配。
 一度感じたら
 決して忘れられるものじゃ
 ありません」

そして放浪する作家シン・レイとは誰?
架空の人物であるはずなのに、
こちらも読み進めると
次第に人物が輪郭を持ち始めてきます。
「彼の作品は、
 さながら抽象画のようだ。
 青い馬、三つ子の妖精、
 銅でできたキリン、葡萄酒の沼。
 普通には有り得ない景色や動物、
 イメージをシンボル化して
 書いているというのが定説」

舞台にしても、
国名は出て来ませんが、
欧州の町並みが見えてくるようです。
そしてかたつむりが
空襲から町を守ったこと、
シン・レイはこの町で
かたつむりの襲来を実体験したこと、
次から次へと読み手の頭の中に
具体を持った世界と物語が
構築されていくのです。

こうした虚構の現実化が、
すべて登場人物(「私」と
隣の席の女性客)の巧妙な語りによって
なされていきます。
あり得ないはずの光景が、あたかも今
実際に起きているかのような
錯覚を覚えるのです。

言葉によって紡ぎ出された世界。
それを伝えるべき言葉を
私が持ち得ないのが
何とももどかしい限りです。
単なるSFともホラーとも違う、
恩田陸の文学世界は、実際に読んで
確かめるしかないのでしょう。

※「巨大かたつむり」と聞くと、
 子どもの頃、
 特撮が大好きだった私などは
 「ナメゴン」や「ゴーガ」を
 連想してしまいます。
 知っていますか?

(2020.1.4)

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